今回は水泳やその他運動技能の上達の考え方として「運動形成の五位相」をご紹介します。以前紹介した運動上達の三段階と似ていますが、運動形成の五位相は「その動きが嫌じゃないか」という要素などが加わってきます。いくら良い動きでも、嫌いな動きは最終的に良い動きにならないという話です。
前回の記事→上達の3段階
まず前回の内容をおさえてもらうと良いかと思います。
この考え方は自分が何か新しい泳ぎのフォームや運動スキルを身に付ける時に応用できます。また、教える立場や親の立場の方からも選手や子どもへのはたらきかけ方として参考になります。
運動の五位相とは
特定の運動(新しい技やフォーム)ができるようになるには5つの段階(五位相)があると考えられています。
左から順に5段階です。(詳しくは後で解説します)
上達の3段階は「試行錯誤の段階」→「意識的な調節の段階」→「自動化の段階」でした。
まだ読んでいない人はこちらから。
「試行錯誤の段階」は「探索位相」、「偶発位相」がおおよそ当てはまります。
字面を見ても分かる通り、新しい動き方を探索(試行錯誤)してたら偶発(まぐれ当たりorまぐれでできちゃう)しちゃうわけです。
「意識的な調節の段階」は「図式化位相」におおよそ当てはまります。
調節していく中で図式(運動の設計図=その動き方をするために絶対に外せないコツがみつかる)が出来上がる感じです。
「自動化の段階」は「自在位相」と似ています。
どんな状況でも自在に動ける段階です。
「原志向位相」は「上達の3段階」の中にはぴたっと当てはまるものが無いように思います(個人的見解)。
とりあえず1つずつ解説していきます。
原志向位相
原志向位相は「習得を目指す運動や技に対して嫌な気持ちを持たない段階」です。
コーチに提案された新フォームとか、新しく習った技術、泳法などに対して「嫌」と思わないことがまず習得のための最初のスタートです。
もしこの時にその動きに対して嫌な気持ちや不快さがあると、その動きがどんなに正解とされるものであっても最終的に良い完成品にならない。その人にとって正解ではない可能性があります。
例えば、「もっと肘を立てて水をキャッチして泳ぎなさい(ハイエルボー)」とコーチに指摘されたとします。
ところがハイエルボーに対して「嫌な気持ち」があると最終的に出来上がるハイエルボーは良いものにならないのです。
具体的に何が嫌かは分からないことがほとんどだと思いますが、「なんとなく」感じたその感情は結構大切です。
ほとんどの人が4泳法の中には苦手な泳法があると思います。
これもそれぞれの泳法を習い始めた時に「なんとなく感じたニガテさ」からきているのではないかと思います。
だから、泳げるようになった今でもニガテ意識が強くて4つの中ではクオリティが一番低い。
どこでニガテになったかと言われても良くわからない、気が付けばニガテって感覚だと思います。
「好きこそものの上手なれ」と言いますが、その逆もあるわけです。
「なんで嫌かは分からないけど嫌」という感情は案外大切です。
フォームを改善したい場合などは、基本はおさえたうえで他の方法に切り替えることも大切かなと思います。
10人いたら10通りの泳ぎがあるのは原志向位相が関係しているのではないかと思います。
泳ぎを教える側も、この動きが良いと言われているからと押し付けず、選手本人が動きやすい、ぴたっと来たと思える動きの中で改善していけるといいのかなと思います。
それが最終的に泳ぎの個性として現れるような…感じがします。
難しいなぁ~
あと、どうやったら好きになってもらえるんだろうって考えるのも大事なのかな。
嫌いを取らないと次に上手く進めませんから。
探索位相
探索位相は、「どうすればその動きができるようになるか試行錯誤する段階」です。
その運動自体は嫌いじゃないけど、どうすれば良いかわからない段階です。
何とかするために、今までの自分の引き出しを探ります。
脳と体は今までの人生で経験してきた動き(日常生活や他のスポーツ)の中に、習得したい動きと似たパターンの動きが無いかと探し回ります。
もし似たパターンがあればそれを当てはめて挑戦しようとします。
つまり、引き出しが多い方が習得が早いということが考えられます。
昨今では幼少期から特定のスポーツ教室だけに通わせて英才教育をしようとする親御さんも増えていますが、もしかすると逆効果かもしれません。
引き出しを増やすにはいろんな外遊びやスポーツが効果的です。
日本は一競技集中型なので世界的に見てもジュニア期は強いが、シニアから欧米諸国に勝てなくなる場合があります。
それは、高校生くらいまで競技を絞らず引き出しを増やし続けた差かもしれません。
水泳の場合でも、小学校のジュニア期から専門種目を絞ってしまうケースがあります。
練習では専門種目ばかり泳がせ、他の種目の技術指導はほとんど無し、、、これってどうなんでしょうね。
僕からは何も言いません。
ただ、長い競技人生を見据えて指導するならそんなことはしないかなと思います。
新しい動作を教える時も選手が人生で経験したことありそうな動きを当てはめることで、引き出し探索を助けることができます。
力の入れ加減やタイミングなどが同じ動作を見つけれると上達しやすいです。
偶発位相
偶発位相は「試行錯誤してたら偶然できた」という段階です。
技術は安定しておらず、自分でもどうやったかイマイチわかっていない段階です。
この時だけを見て、「できた」と判断しないように注意です。
試合や進級テストなど本番ではできない可能性が高いです。
子どもの時にこんな経験ありませんか?
鉄棒の逆上がりが初めてできた→親や先生に見てもらおう→見られるとできない→さっきはできたのに~
もちろん緊張しすぎるタイプの人もいますが、本来習得とはどんな状況でもできることを言いますので、これはまだ偶発位相(たまたまできた)ですね。
この段階がスポーツをしていて一番楽しい段階かもしれません。
子どもに対しては、まぐれでもできたことを認めたり、「次もできるかな〜」とあおったりするとモチベーションアップにつながるかもしれません。
図式化位相
図式化位相は偶然できた運動をいつでもできるようにするために何度も練習している段階です。
こうやったらできるという「図式」を構築している段階です。
偶然できたときの感覚や状態を覚えておいたり、思い出させてもらうとこの段階で役立つと思います。
この時作られていく図式は、消去法で作られていくイメージです。
正しい・好きな動き方を探すというより、嫌いな動き方、動きにくい動作を削っていくことで最終的に「絶対外せないコツ」に到達するイメージです。
無駄な動きを省いていくことで最終的に良い動きができる感じかな。
技術を磨くという言葉に通じる感じがしなくもないです。
教える側としても、「正しい動き」をさせようとするだけでなく、無駄な動きに目を向けてそれを削るためのヒントを与えてあげるのも1つの手段になり得るかと思います。
自在位相
いつでもどんな状況でも目的としている動きができる段階です。
上達の三段階で言う「自動化の段階」と同じようなものです。
ここまで来たら習得した=上達したと言えます。
ただし、ここがゴールではありません。
例えば鉄棒の逆上がりができるようになっても、「もっと綺麗にしたい」と思えば技術は磨き続けることができます。
そうしていく中で新しい発見があったり、誰もやったことのない技が生まれたりするきっかけになります。
そういう意味ではスポーツはどこまでも上達していけるし、挑戦していて楽しいものです。
ちなみに自在位相になっても、さらなる高みを目指してまた新しい動きに取り組むと、自在位相にいながらも、新しい動きの原志向位相に入ってその後の位相を繰り返します。
身に付けて→少し高みに行って→また新しいこと初めて→身に付けて→少し高みに行く
上達していく過程は1段ずつ高い段差の階段と言うより、5段刻みで少しづつ回りながら登っていく螺旋階段と言った方が適切かもしれません。
つまり、すぐに高みに行けると期待しない。
まとめ:上達に即効性を求めるのは良くない
テスト前に一夜漬けで勉強しても無駄なのは皆さん重々承知のはずです。
運動も同じです。
習得には3段階、もしくは5段階あります。
時間がかかるんです。
これはちょっとしたフォーム改善でも言えることです。
スポーツなので他の人と比べてしまって焦ることもあると思います。
でも、焦っても即効性を求めても無駄です。
プレッシャーがかかるだけです。
やることは1つです。
時間をかけてじっくり体に自動化(自在位相)させていくことです。
教える側ができることもきっかけづくりと図式化位相までのサポートがほとんどです。
自在化位相に持っていくには自分で回数をこなすしかないように思えます。
(継続するための環境作り的なサポートなどはできるが。)
天才と言われる選手はきっかけをつかむのがうまいだけで、自在位相に行くまでは他の人と同様に何度も何度も練習します。
考えることとやりこむこと、この両方が求められます。
そういう意味では引き出しの多さが天才に少しでも近づく方法かなって思います。
時には4泳法まんべんなく練習することや、子どもにいろんな運動をする機会を与えてあげる(強制はダメ)ことも考えてみてはいかがでしょうか。
バラバラでも打ちまくった点は将来何らかの形でつながるという感じでしょうか。
この記事を書くにあたって最終チェックをしてくれた運動学専攻の友人に感謝します。
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