スイマーの皆さんはポラライズドトレーニングというトレーニングモデルについてこ存知ですか?部活やクラブチーム、マスターズスイマーなど、競技として水泳に取り組む場合には多かれ少なかれ泳ぎ込みや水中でのトレーニング・練習をすると思いますが、泳ぐ総距離や強度の設定はどのようにして決めていますか?感覚的、経験的に決めるのも良いですが何かの理論的に基づいて決めるのも1つの方法だと思います。
ポラライズドトレーニングとは運動強度と量を決定する1つの理論モデルです。
まだ最近出始めた理論であり、実用されているスポーツは少ないですが水泳にも応用できるかもしれません。ポラライズドトレーニングがは持久力強化に効果的と考えられるモデルなのでスプリンターへの効果は不明です。
自分もですが、仕事や学校の疲れがある中、限られた時間とエネルギーで泳がざるを得ないマスターズスイマーさんには今回の理論は結構おすすめです。時間短縮にはならないけど疲労軽減には効果的かなって思います。
もちろん、それ以外の選手にもおすすめですし、ぜひ知って欲しいです。
目次
ポラライズドトレーニングの基本的な組み立て方
ポラライズドトレーニングとは、トレーニング全体のうち高強度運動と低強度運動を20:80の比率で組み立てることで効率的に持久力の向上が見込まれるというものです。
正確には中強度の運動も数パーセント含まれます。そもそもこのトレーニング理論がどうしてできたかと言うと、持久系トップアスリートの練習比率が高強度20:低強度80だったからだそうです。
ここでいう高強度、低強度、中強度はどのようにして分かるかと言うと、大きく3の方法があります。
①最大心拍数の何%か
②最大酸素摂取量の何%か
③血中乳酸レベル
研究施設やお金持ちなクラブであれば②、③もできますが、大多数のスイマーはそうもいかないので①の「最大心拍数の何%か」を使います。首に指をあてて頸動脈を触れば簡単にカウントできます。
最大心拍数(1分間)は220から年齢の数字を引くことで概算できます。
40歳なら220-40=180回。つまり、40歳の人が猛烈に最大努力で運動すれば1分間に180回までは上がる。ただし年齢とともに少しづつ上限が低くなってくるとされています。
そして、この最大心拍数の何%で運動をするかで強度を決めます。
高強度:おおよそ最大心拍数の90%
中強度:おおよそ80~90%
低強度:80%以下
さっきの40歳の人の場合最大心拍数は180回なので次のようになります。
高強度:180×0.9=162回/1分間
中強度:180×0.8~0.9=144回/1分間 162拍以下
低強度:180×0.8=144回/1分間 以下
ただ、泳いでいる時に1分間もいちいち心拍数を測ってられないのでペースクロックを見ながら泳いだ直後に10秒間もしくは6秒間の心拍数をカウントします。
10秒間なら6倍、6秒間なら10倍するといいです。セットのサークルタイムが短ければ6秒、余裕があれば10秒がおすすめです。できれば1本1本測れると良いです。
10秒間または6秒間の場合は次のようになります。40歳の人の例
高強度:10秒間→27回以上、6秒間→16回以上
中強度:10秒間→24回以上27回未満、6秒間→14回以上16回未満
低強度:10秒間→24回未満、6秒間→14回未満
ポラライズドトレーニングでは練習の80%を低強度トレーニングに費やします。
自転車競技やラン競技でよく使われている方法で、基本的には時間で量を決めます。練習時間(休憩を除いた走っている時間)が1時間なら80%の48分間は低強度、残りの12分を高強度に配分します(正確には数パーセント中強度のトレーニングが入ります)。
水泳の場合にも時間で決めれるといいのですが、それだと練習の区切りが悪かったりもすると思うので総泳距離でもいいかなって思います。
トータルで3000mの練習なら2400mは低強度、残りの600mまでを高強度にする感じです。100mなら6本まで、200mなら3本ですね(ちょっとテキトー、ごめんなさい 笑)。
ポラライズドトレーニングで得られる効果:従来のトレーニングとの比較
ポラライズドトレーニングが効果を発揮するのは主に持久的パフォーマンスです。スプリンターはまた別なので悪しからず。
ポラライズドトレーニングはまだ十分にたくさんのエビデンスや確たるガイドラインがないものの、従来のトレーニングと比較して有酸素性能力に関する指標の向上幅が大きい可能性が示唆されています。
有酸素性能力の指標とは、最大酸素摂取量、疲労困憊までの時間、乳酸閾値強度でのパフォーマンスなどです。従来のトレーニングとは大きく3つあります。
従来のトレーニング
①低強度でハイボリュームなトレーニング
②高強度インターバルトレーニング (HIITなどの短時間で高強度のインターバル)
③閾値トレーニング (ATやLTと呼ばれる強度を維持するトレーニング:代謝特性が変わるか変わらないかの間。詳しくはこちらから)
水泳の場合はいずれのトレーニング方法も広く行われています。
低強度でハイボリュームだと、例えば何だろう….余裕なサークルで200m×10本回るだけとか、フォーム練習めっちゃやるとか。
高強度インターバルトレーニングだと、50×12本を3H1Eで1分サークルとか。閾値トレーニングは100~200×10本で心拍数が中強度になる制限タイム設定とかですかね。
ポラライズドトレーニングについて調べた研究(Stöggl and Sperlich, 2014)では、ランナー、サイクリスト、トライアスリートを対象に従来の3つのトレーニング(ハイボリューム・高強度・閾値)とポラライズドトレーニングを3週間実施した時の効果を比較したところ、ポラライズドトレーニングを実施した群で最も最大酸素摂取量、疲労困憊までの時間といった有酸素能力を反映する指標の増進効果が高かったことが分かりました。
スイマーが対象ではありませんがトレーニング効果が最も高かったことには変わりありません。
ポラライズドトレーニングのメリット
ポラライズドトレーニングモデルを使用する一番のメリットは、高強度トレーニングの割合が低いにも関わらず効果が高いということです。
高強度トレーニングはなんと言っても体へのダメージが大きいです。
十分な回復が無いまま多量の高強度トレーニングや閾値トレーニングを頻繁に続けると疲労が蓄積され、日に日にトレーニングの質が低下、故障リスク増大、免疫力の低下、オーバートレーニングのリスク増大などデメリットとも隣り合わせになります。
十分な回復時間を設けれるのであればこれらの異変は起こりにくいですが、高頻度で泳ぐ人にとっては避けられない問題だと思います。
ポラライズドトレーニングであれば高強度トレーニングの量が比較的少なくて済むので従来のトレーニングに比べてこういったリスクが低いのではないかと考えます。
本数や距離が少なくて良いのでレースペースでの練習など、しっかりと試合を想定した泳ぎを高い質で頻繁に繰り返すことができるのではないでしょうか。
水泳のパフォーマンスへのポラライズドトレーニングの研究結果
ポラライズドトレーニングが水泳のパフォーマンスに及ぼす研究は残念ながらまだほとんどなく、僕も1件しか見つけることができませんでした。他に研究を知っている人がいたら教えてください。
Pla R et alによる研究(2019)では22人のエリートスイマー(女子10人、男子12人、平均年齢17±3歳)をランダムに従来の閾値トレーニング群とポラライズドトレーニング群に分け、6週間トレーニングを積みました。
そして、実験前と後で100mのタイムトライアルを実施したところ、ポラライズドトレーニングの方が若干タイムが若干速くなり、疲労感や回復に関する指標もポラライズドトレーニング群の方がポジティブな結果でした。
ただ、両群間で有酸素性能力に関する指標に差はありませんでした。
ただ、この研究で実施したタイムトライアルが100m自由形っていう。100mだとスプリント能力も関係してくるし、ポラライズドトレーニングがの効果を測るにはちょっと微妙かなと思います。200mとか400mでやって欲しかったなあ。
それでも、従来のトレーニング群に比べてポラライズドトレーニングを実施した群の方がタイムの伸び幅が若干大きく、疲労感の指標がポジティブでした。
つまり、トレーニングの疲労が少なくて同程度かそれ以上にタイムが伸びたのです。
有酸素性能力の指標に大きな差はありませんでしたが、同じトレーニング効果なら疲れが少ない方が良くないですか?疲れた方がやり切った感ありますが、そこに美学はないと思うので….笑
ポラライズドトレーニングを水泳で使うメリットまとめ
ここまでの内容から水泳のトレーニングにポラライズドトレーニングモデルを使うメリットは次のようになります。
・持久力の強化に効率が良い可能性あり。
・高強度が少なくて済むので疲労感が少ない可能性あり。
・オーバートレーニングなどを防ぐ可能性あり。
・1本の質を高めてレースペースで実践的な練習がしやすいはず。
研究レベルではまだまだポラライズドトレーニング自体分かっていないこと、確立されていないことが多いようですが試してみる価値はあると思います。最終的に自分にそのトレーニングが必要であるか、マッチしているかも重要なので一定期間続けてみて様子見が良いかなと。
ポラライズドトレーニングを実施するときの注意点
ポラライズドトレーニングを実施する時は運動強度のモニタリングを徹底することが重要です。
「心拍数高くなり過ぎたー」とか「低くなり過ぎたー」ってのがあると強度のコントロールが曖昧になります。低強度の時は低強度に徹する。高強度の時はしっかり高強度で行うことが大切です。
「こんなに低強度で長いこと泳いでて効果出るんかいな」って思ってペースを乱しちゃダメですよ。
漫然と低強度で泳いでしまうと余計とそう思ってしまうので、ペースをさほど上げない場合でも何かテーマを持って泳ぐのは必須だと思います。
てか、低強度8割なのでしっかり技術面の練習に目を向けられますね。
絶対これが良いとは言えないけど試してみて下さい
どんなトレーニングを行うべきかはその人の状況や目的などで様々です。
今回はポラライズドトレーニングが従来のトレーニングよりトレーニング効果が高いかもしれないという可能性を紹介しましたが、絶対これが正解というわけではありません。
まずは自分の強化したい部分や状況を考えて、従来のトレーニングよりもポラライズドトレーニングが最適であれば実施してみる価値があると思います。
試してみて全然効果が出なければまた変えてみてください。固執する必要もありませんので。
今回の記事が何らかの参考になれば幸いです。
水泳のまとめ一覧です。泳ぎのコツやトレーニング理論など紹介しています。
参考文献
・Stöggl T and Sperlich B: Polarized training has greater impact on key endurance variables than threshold, high intensity, or high volume training. Front Physiol 5:33, 2014.
・Pla R, Le Meur Y, Aubry A, Toussaint JF, and Hellard P: Effects of a 6-Week Period of Polarized or Threshold Training on Performance and Fatigue in Elite Swimmers. Int J Sports Physiol Perform 14 (2): 183-189, 2019.