水泳をしていて肩が痛いという場合は肩のインピンジメント、いわゆる「水泳肩」と呼ばれる故障の可能性があります。不適切なフォームや、肩周りの筋力、柔軟性の低下、使い過ぎなどが原因と言われています。僕は医者じゃないので、既に肩を痛めている人への治療やアドバイスはできませんので、もう痛めている人はしかるべき検査と治療、リハビリを受けに行ってください。この記事では水泳肩になる原因と、これから発症しないためのフォーム作りを紹介します。
個人的にもインピンジメントになってしまうフォームと予防の勉強として書いています。
目次
水泳肩の原因・肩のインピンジメントとは
水泳で肩が痛くなる、いわゆる水泳肩の多くは、肩のインピンジメントという症状が原因だと言われています。インピンジメントとは肩・腕を挙げる動作をするときに肩に痛みや引っかかったような詰まり感があり、それ以上動かせない症状の総称です。肩関節を動かした際に上腕骨と肩峰(肩の出っ張った骨)が間にある腱板や滑液包を挟み込むことで痛みが生じます。水泳以外でも野球など投球スポーツでもよく見られる症状だそうです。
インピンジメントは動作が繰り返されることで症状が悪化していきます。違和感を感じた時点ですぐにその動作を控えていれば少しずつ痛みは取れていくようですが、動作を反復することで慢性的になってしまいます。どんどん進行して酷い症状の場合は腱板を断裂してしまったり骨が棘状になったりして厄介だそう。
水泳肩の多くはクロールで起こる
インピンジメントは特にクロールを泳ぐ際によく起こりやすいと言われています。もちろん他の泳法(バタフライ・背泳ぎ・平泳ぎ)でもインピンジメントになることはあります。インピンジメントになってしまう理由は様々ですが、最終的には不適切なフォームが原因ではないかと言われます。
考えられるインピンジメントの原因
・そもそも泳ぎのフォームに問題がある
・肩関節の柔軟性が低い
・肩関節周囲の筋力が低い
・肩関節が不安定
・関節への負担が強すぎ(オーバーワーク)
・筋肉が疲弊している
これらの原因がインピンジメントの直接的な原因になる場合も、間接的な原因になることもあります。間接的な原因とは、これらの結果フォームが不適切になってインピンジメントになるということです。
今回は「そもそも泳ぎに問題がある」というところを改善するための解説になります。今は痛みが無くても、不適切なフォームで泳いでいると今後インピンジメントになるかもしれません。今後インピンジメントにならないためにこの記事を役立ててもらえればと思います。もう肩が痛い人の場合も、治してあげることはできませんが、これを機に泳ぎのフォーム改善に役立ててもらえればと思います。
*ここで紹介する内容が100%インピンジメントを防ぐわけではありません。
水泳肩にならないためのクロールのフォーム見直し
クロールではどの局面でもフォームが不適切だとインピンジメントになる可能性があります。ここではエントリーからキャッチ局面、プル局面、リカバリー局面の3つに分けてそれぞれ不適切なフォームと改善策を示したいと思います。参考にした文献は最後に載せています。
肩関節の動作が分からない人はこちらの記事を参考にしてください
エントリーからキャッチの局面
クロールではエントリーして手をぐいーっと進行方向(以下:前)にのばして、遠くの水をつかまえるようにしましょうとよく指導されます。しかし、このエントリーからキャッチのときに腕だけ(肩から下だけ)で前に伸びようとしてしまう(伸びてしまう)とインピンジメントになります。エントリーからキャッチの局面で肩甲骨と体側が使えていないのが原因です。
腕だけで前に伸びる、もしくは勢いよくエントリーするけど肩甲骨が使えずに、勢いで腕だけが過度に前に伸びることでインピンジメントになります。対処法は、肩・腕だけを進行方向に伸ばしていくのではなく、肩甲骨と体側からぐいーっと伸びる意識を持ち、その結果、腕が進行方向にいくというイメージで泳ぐことです。肩・腕を無理に前へ伸ばす意識は捨てます。肩甲骨が動けば勝手に肩・腕は前に伸びます。そして、肩・腕だけで伸びて泳いでいる人は肘が完全にロックしないようにエントリー~キャッチを行うことも効果的です。
また、小学校の体育の授業ではクロールのエントリーは親指からと習った方も多いと思いますが、親指から入ろうと意識しすぎると過度に肩関節が内旋(腕を内に回す)してしまってインピンジメントになる場合があります。キャッチの方法にもよりますが、入水する指は薬指~中指くらいからの気持ちでOKです。
プルの局面
次はキャッチした水をかくプル局面です。泳ぎの中で最も推進力を得ることができる局面ですがフォームが不適切だとその分体への負担も大きくなります。プル局面でインピンジメントになる理由は大きく2つです。1つは肘を立てるハイエルボーが過度なことです。もう1つは肩甲骨とその周りの筋肉を上手く使えずに肘が落ちたフォームになること。
①過度なハイエルボー
クロールのキャッチ~プルでは肘を立てる(ハイエルボー)よう言われますが、ハイエルボーの意識が強すぎるとインピンジメントの原因になります。肘が落ちることも後述するように良くありませんが、立てようと意識しすぎることも良くありません。肘を立てようと意識しすぎると、過度な肩関節内旋が起こってしまいインピンジメントを引き起こすことがあります。
過度なハイエルボーとはどういうことかと言うと、自分の関節可動域以上にハイエルボーをしようとすることです。言い換えると柔軟性の割りに無茶して肘を立てようとすることです。ハイエルボーをしようと意識するのではなく、肘は落ちない程度で水を後ろに向かってプルしていくという意識だけを持ちましょう。その結果、自分の関節可動域の範囲内で無理のないハイエルボーになればOKです。
それでも、どうしてもハイエルボーを強く意識したい場合は、肩・腕に余計な力が入らない範囲、無理しなくても動く範囲でやってください。
②肘が落ちたフォーム
インピンジメントで肩が痛いスイマーは肘が落ちたフォームで泳いでいると言われています。肘が落ちているのはインピンジメントに関係なくとも悪いフォームなので修正の必要はあります。しかし、この肘落ちプルがインピンジメントの原因なのか結果なのかは定かではありません。
それでもインピンジメントになる人は特徴的な筋活動だそうで、プルの中盤において前鋸筋(ぜんきょきん:肋骨に沿ってついているノコギリ状の筋肉)が使えておらず肩関節が不安定になり、代償的に菱形筋(肩甲骨の真ん中にある筋肉)を使ったプルになっているようです。他にもプルの終盤にローテーターカフの1つである肩甲下筋が使えていないということも言われています。
プルで使う筋肉は以下の通りです(参考:Heinlein SA and Cosgarea AJ, 2010)
序盤(キャッチからの切り替えあたり):大胸筋、小胸筋、前鋸筋、広背筋、肩甲下筋が主なところです。
中盤(ちょうど体の下を手が通る頃):大胸筋、前鋸筋、広背筋
終盤(最後のフィニッシュくらいまで):広背筋、肩甲下筋、三角筋、上腕三頭筋
つまり、序盤は大胸筋や小胸筋といった体の前面の筋肉で水を抑えるようにとらえる。
中盤は前鋸筋、大胸筋など前面~側面の筋肉を使って体を前に運び、広背筋もプルに加わる。
終盤にかけては広背筋を中心にプルをして最後は上腕三頭筋や三角筋も使ってフィニッシュ。
最初は前面の筋肉を使い、体の移動とローリングに合わせて徐々に広背筋(背面の筋肉)中心に切り替わっていくイメージです、いきなり背中を使おうとすると前面の筋肉が使えず、菱形筋が強く活動して肘が落ちてしまいます。
リカバリーの局面
リカバリー局面でのインピンジメントは肘と手の位置関係が悪いことが原因の1つと考えられます。プルでフィニッシュした手・腕を前に戻してくるとき、肘が手よりも先行しすぎてしまっていると肩関節に無理な内旋がかかってしまいインピンジメントを起こしてしまいます。肘ばかり先にリカバリーしていって手を引きずる感じ。特に、肩の上に肘が来た時に手が肘より後ろだと危険です。
すっごい簡単な図にするとこうなります。(参考:Yanai T and Hay JG, 2000)
リカバリーの時は、肩の延長線上に肘が来るときには手が肘・肩より前にあるようにしましょう。リカバリーのできるだけ早い段階で手が肘より先行するように心がけてください。
大丈夫なフォーム例はこっち↓ (参考:Yanai T and Hay JG, 2000)
水泳肩になっている人に見られるフォームの特徴(クロール)
インピンジメントで肩が痛いまま泳いでいる人には、ストロークによる痛みを避けるために特有のフォームで泳ぐ傾向があるようです。
・ローリングが過度
・リカバリーで肘が落ちている
・エントリーする手幅が広い
・プルのフィニッシュ後すぐに水面から手を抜く
これらは特に肩関節の内旋を避けるために起こってしまうようです。
水泳肩はクロール以外の種目でも起こる
水泳肩はクロールで最も頻繁ですが他の3種目(バタフライ・背泳ぎ・平泳ぎ)でも起こります。クロールで起こりやすいのは練習で泳ぐ量が多種目より圧倒的に多いという事も関係しています。
どの泳ぎにも共通することで、調べたことをまとめておきます。
・エントリーで自分の関節可動域より過度に肩関節が内旋していること(肩を内側に回しすぎ)
・エントリーをした後に肩甲骨を使わずに腕・肩を前にのばしていること
・各局面で肩、肩甲骨周りの筋肉がうまく使えておらず肩関節と肩甲骨が不安定なフォームになっている
・エントリーで僧帽筋上部が使えていない
・エントリー時に僧帽筋上部、前鋸筋が使えていない(バタフライ)
・リカバリーー時に僧帽筋上部、肩甲下筋が使えていない(平泳ぎ)
・プルの初期~中盤で前鋸筋、大胸筋、小胸筋など体幹部の前面にある筋肉が使えていない
・プルの中盤で代償的に菱形筋が働き、肘落ちや不自然に背中側に腕を引くフォームになっている
(Yanai T and Hay JG, 2000: Heinlein SA and Cosgarea AJ, 2010: De Martino I and Rodeo SA, 2018: Tessaro M et al, 2017)
使われるべき筋肉が然るべきタイミングで使えていなかったり、余計な筋肉に力が入っていることで変なフォームになっているのが原因です。もしくはフォームが悪くて使われる筋肉もおかしいのか。
参考文献
・Yanai T and Hay JG: Shoulder impingement in front-crawl swimming: Ⅱ. analysis of stroking technique. Med Sci Med Sports Exerc 32 (1): 30-40, 2000
・Heinlein SA and Cosgarea AJ: Biomechanical considerations in the competitive swimmer’s shoulder. Sports Health 2 (6): 519-525, 2010.
・De Martino I and Rodeo SA: The swimmer’s shoulder:multi-directional instability. Curr Rev Musculoskelet Med 11(2):167-171, 2018
・Tessaro M, Granzotto G, Poser A, Plebani G, and Rossi A: Shoulder pain in competitive teenage swimmers and prevention: a retrospective epidemiological cross sectional study of prevalence. Int J Sports Phys Ther 12 (5): 798-811, 2017.
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