久しぶりに水泳の研究に関する内容です。多くの人がスプリントのクロールを泳ぐときにノーブレス(又は少ない息継ぎ回数)で泳ぎますが、なぜそれが良いのかを腕の動作に注目した研究データから紹介し、それを元に呼吸をする場合は何に気を付けるのかといった考察をしたいと思います。
<この記事の役立て方>
①ノーブレスを頑なに拒む人を論破する材料
②息継ぎで減速したりする場合の対処法
③へ~それも一理あるなって思う
紹介するのは「Upper limb kinematic differences between breathing and non-breathing conditions in front crawl sprint swimming(訳:スプリントクロール時における、息継ぎ有の場合とノーブレスの場合の上肢の運動学的な違い)」という研究です。簡単に言うと「息継ぎする時としないときは腕の動きの何が違うんや」です。
今回の研究は「腕の動作」に着目しています。
したがって、今回の記事では他の部分から生まれる抵抗や推進力には深く言及しないのでよろしくお願いします。
腕だけが泳ぎの決定要素ではありませんが、今回は腕にフォーカスします。
元の論文は要旨だけしか見れないので、こちらの学会動画(英語)を参照しました。
研究の紹介
研究が行われた背景
スプリントのクロールをする時の息継ぎ動作が泳ぎに与える影響を調べた研究があまり多くありませんでした。
息継ぎをすると泳速度やストローク頻度(簡単に言うとピッチ)が落ちるとか落ちないとか諸説あったり、、、、
腕の軌道やストローク動作パターンが変化するとかしないとか言われていたり、、、、
息継ぎをするとストロークサイクルが長くなるとかならないとか、、、、
と言うわけでスプリントクロール時における、呼吸有の場合とノーブレスの場合の上肢の運動学的な違いを調べようとなったわけです。
被験者と実験方法
・被験者は10人の男性競泳選手で長水路の50m自由形のベストが25秒±0.98秒(24~26秒くらい)
・25mを2本を全力で泳いでもらい、6方向から撮影したりして動作を分析。
・1本目は好きな側で息継ぎ
・2本目はノーブレス
・分析した動作は片方の手がエントリーしてから再度エントリーするまでの範囲です。
・統計はPaired-TestでP<0.05
*僕はバイオメカニクスの専門家ではないので分析機器などについてはあまり突っ込まないでください。
結果
①泳速度
ノーブレスで1.81±0.07 m/s̠⁻¹、息継ぎ有では1.77±0.07 m/s̠⁻¹で、統計的にもノーブレスで有意に3%高い泳速度となりました。
これは過去の研究にある息継ぎをすると1ストロークサイクルごとに0.02秒ロスするという先行研究とも似た結果を示したそうです。
②ストローク長やストローク頻度
変化が無かったようです。
泳速度の向上は推進力の向上と水の抵抗の減少によるものだと言うのは知られているので、ノーブレスにすることで何らかの要因でボディポジションが上がって水の抵抗を減らしたのではないかとここまでの結果からは考えられました。
呼吸動作は単純にタイムロスだからスプリントでは少なくしようよとの提案もされました。
③腕の位置の分析(深さ)
ノーブレスの時に腕が最も深くなった位置は水面から0.67±0.06m、息継ぎをした場合は0.63±0.06mで、ノーブレスによってストローク中に約6%深いところに手が到達しているとわかりました。
平均の深さで見てもノーブレスで0.40±0.06m、息継ぎ有で0.36±0.05mなのでストローク全体を通してもノーブレスの方が平均して約10%深いところをかいているというのが分かりました。
そして、ストロークのどの段階で深さに差が出ているか調べると、、、
エントリーとプッシュは変化がありませんでしたが、プルの時にノーブレスで0.62±0.06m、息継ぎ有で0.55±0.08mと11%の差がありました。
深いところをかいた方が推進力が高いという先行研究があるようです。
ちょっと古いですのであまりあてにできませんが、そのおかげで推進力が上がったと考察されていました。
そして、プルの段階においてセンター・オブ・マス(COM:Center of mass 質量の中心)の水平面移動速度がノーブレスのプル時に息継ぎ有の場合よりも3%高くなっているということもわかったそうです。=前への重心移動がノーブレスの方が有利。
このことから、息継ぎは腕の軌道を浅いものにしてしまうことで不利益になるとされました。
④肘の角度
肘の角度を調べたところ、エントリーやプルでは変化がありませんでしたが、プッシュの終盤においてノーブレスの方が8%肘が大きく伸びている(ノーブレス151.2±11.7°、息継ぎ有139.7±17.7°)ことが分かりました。
また、プッシュ時の肘関節の可動範囲はノーブレスで45.8±15.4°、呼吸有で28.5±19.2°で、ノーブレスの方が肘関節が屈曲から伸展に動いている範囲が38%大きいとわかりました。
このことから、ノーブレスの方がプッシュの時(特に終盤)に水を長い距離押せていることが分かりました。
ちなみにプッシュはこの辺の段階です。
水を最後押すところ(手以外コマ送りになってないのは許して…)
④ストローク全体の局面の長さ(1ストロークに占める割合)と手の加速
エントリーとリカバリーには変化がありませんでしたが、プルとプッシュには違いが出ました。
プル局面はノーブレスの方が14%短く、プル時の手が垂直方向に30%速く加速しました。
手の加速が早いことでプル局面が短くなったとしており、ノーブレスの方がプルの位置が深くて速いということが分かりました。
プッシュ局面はノーブレスの方が16%長くなり、プッシュ時の手は息継ぎ有の方が33%速く加速しました。
先ほどあったようにノーブレスの方が肘が屈曲から伸展に動く範囲が大きい(水を押す範囲が長い)ため、ノーブレスではプッシュ局面が長くなって加速が遅いと考えられました。
結論
・呼吸動作はクロールのスプリントパフォーマンスを落とすというエビデンスを得た。
・息継ぎ有の時と比べてノーブレスではストローク時の手が深くなり、肘の可動域が大きくなることで泳速度が上がる。
・生理学的なところを考えないとすればスプリンターはやっぱり息継ぎは少なめに制限した方がいいと思うよ。
この研究から分かったこと、考えられること
・ノーブレスの方が泳速度が高い
泳速度が高い理由として考えられることは
・ノーブレスの方がプルの手の位置が深く、速い
・ノーブレスの方が重心移動の速度が高い
・ノーブレスの方がプッシュができる距離が長くなる
つまり、ノーブレスかどうかで腕の動作に違いが生まれることが泳速度を上げる1つの理由になっているのではないかということが分かりました。
*他にも息継ぎ動作で生まれるボディポジションの変化や前面抵抗を無くすこと等もノーブレスで泳速度が上がる理由として考えられます。
スプリントのクロールの息継ぎで気を付けること
論文を読んだうえで、じゃあ結局息継ぎ動作はどうするのかってことについて触れたいと思います。
25mや50mならまだ何とかノーブレスで行けるにしても、100mは無理ですよね。
回数は少ないにしろ、100mとなると息継ぎしなきゃいけないわけですから、泳速度を落とさない対策を取らねばなりません。
息継ぎ動作自体は推進力を生まず、研究で示されたようなデメリットを生む動作です。
でもしないわけにはいかない。
そうなると取るべき対策は無駄を削ることだと思います。
そのための対策を書いておきます。
大前提として息継ぎ動作は最小限に抑える
息継ぎ動作を最小限に抑えることは大前提になります。
息継ぎに関しては以前も書いたのでそちらを参考にしてください。
必要以上に体が動かないように、首だけを最小限回して息継ぎができるといいかなと思います。
息継ぎ動作は腕の動作と独立させるくらいのイメージ:タイミング
息継ぎとストロークが連動してしまっていると、研究にあったように腕の動作にデメリットを生みます。
よく見るパターンはプッシュ終わりと同時に顔を上げてエントリーと同時に顔を水中に戻すという感じです。
これだと連動してます。
できるだけ連動しないようにするには
①息継ぎ動作を小さく早く終わらせる
②腕(特にリカバリー)に合わせない
③できるだけプッシュが終わってから顔を上げ始める
④手がエントリーするまでに顔を戻し切ってしまう
リカバリー動作中に腕とは連結を切るイメージで相当速く小さく息継ぎを行わないといけませんが、こうすることで水をかき始めるころはノーブレスとほとんど変わらない状況になると思います。
今までリカバリーの腕に合わせて息継ぎしていた人にとっては泳ぎのタイミングが狂って変な感じがするかもしれません。
その辺も合う合わないは個人によってあると思いますので、1つの考え方として試してみてください。
参考文献
McCabe CB, Sanders RH, Psycharakis SG: Upper limb kinematic differences between breathing and non-breathing conditions in front crawl sprint swimming. J Biomech 26;48(15):3995-4001, 2015.
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