低年齢の頃から1つのスポーツに特化したトレーニングや練習を積むことをスポーツの早期専門化(エリート教育)と言い、年々その数は増えてきています。そのおかげか、若年で素晴らしい結果を出す「天才ジュニアアスリート」「天才キッズ」と呼ばれる選手も多くなってきています。注意すべき点は「燃え尽きとケガのリスクを考慮すること」です
水泳も例外ではなく、将来楽しみなジュニア選手がたくさんいます。ですが、この早期専門化は必ずしも将来的な成功をもたらすのでしょうか?専門種目を絞るのが遅い(例えば高校くらい)とトップ選手にはなれないのでしょうか?研究を基に考えていきたいと思います。
目次
具体的にスポーツの早期専門化とは
就学前~小学校低学年頃から特定の競技スポーツに特化した練習を積み、そのスポーツを専門種目としてしまうことを早期専門化と言います。
逆に、中学や高校から特定の1種目に絞り、それまでは複数種目に参加していることを「複数種目参加型」「専門化が遅い」と言ったりします。
いわゆる「野球一家に生まれて、小さい頃から野球漬け」の選手が前者。
「中学までは他の部活もしていた」というような選手が後者になります。
水泳の場合だと、小学校低学年から競泳クラスで毎日のように練習で他のスポーツ参加はほぼ無しというのが早期専門化です。
一応競泳クラスだけど、他にもバスケをしているとか体操教室に行っているとかで、それぞれ練習は週1~2回ずつの場合は早期専門化とは言いません。
早期専門化と競技成績の関係
早期専門化をして、その道のエリート教育をすることで将来的な競技成績は向上するのでしょうか?
専門化が遅い「複数種目参加型」の選手と比較した研究がいくつかあります。
それらの研究では、多くのスポーツで11~12歳以降に専門化をした人の方が早期専門化をした選手よりも最終的な結果が良いということが分かっています。(Feeley BT et al, 2015)
結果と言うのは競技成績であったり、高いレベルでの現役継続期間であったりします。
もちろん早期専門化をしているエリート選手も数多くいますが、エリートレベルの選手には12歳頃までは「複数種目参加型」だったという人の方が多いと言われています。
アメリカの研究では、メジャーリーガー(1673人)とアイスホッケーのナショナルリーグ選手(58人)のうち幼少期~思春期までに専門化をした選手は46%で、彼らは平均して14.7±2.4歳から1種目に絞ったと回答しています(Buckley PS et al, 2017)。
残りの54%の選手は思春期以降に専門化をしているにも関わらず、プロになっているので、早期専門化は特にアドバンテージになっていないことが示唆されます。
競技成績と早期専門化の関係性についてのエビデンスはまだ確固たるものではありませんが、特にアドバンテージにならないだろうというのは言えそうです。
ただし、国や競技種目によって練習やトレーニングのスタイル、考え方等も異なってくるので一概には言えません。
また、興味深いことに下記のようなことも分かっています。
「エリート選手は若い時期(9、12、15歳の頃)は非エリート選手と比べて専門種目の激しいトレーニングに費やした時間は少ないが、21歳になると専門種目のトレーニングに費やした時間は多かった」(Moesch K et al, 2011)
つまり、体が成熟してから特定競技の練習をたくさんすればいいのではないかということです。
早期専門化をすることのメリット【技術面での優位・環境】
早期専門化についてここまでは少し批判的な内容でした。
では、早期専門化をすることには全くメリットが無いかと言うと、そういうわけでもなさそうです。
メリット①:例外的に高度な技術を必要とする競技では有利になる可能性がある
よくピアノを習わせるなら神経系の発達が著しい3~6歳までにと言われます。
実際にその通りで、神経系の発達が著しい時に手先のスキルを高めることは効果的です。
それもあってかスポーツの早期専門化でも、高い技術を必要とする競技種目では早期専門化が有利になる可能性が示唆されています。
例えば新体操は早期専門化の方がエリートレベルになりやすいという研究があります。(Feeley BT et al, 2015)
ですが、どこまでが「高度な技術を要する競技」なのかの見極めが難しく、他の競技に当てはまるかどうかって感じですね。
それに、競技成績だけでなく、後述するケガのリスクとの兼ね合いも必要になってきます。
メリット②:練習環境や進学に有利
これは改めて言う必要もないかもしれませんが、当然子どもの頃から競技成績が優秀であれば、選抜チームに選ばれたり上のクラスで練習をすることができます。
よりレベルの高い子どもたち、優秀なコーチ、恵まれた設備環境で練習をする機会が多くなるので競技成績がさらに伸びる可能性があります(少なくともジュニア期は)。
また、競技成績次第が高校や大学の推薦や奨学金を手にするチャンスも多くなります。
体が成熟し、身体的なピークを迎える時の競技成績を無視する(高校までしか続けない等)のであればそれも間違いではないのかもしれません。
ただし、それでケガをしてしまい、将来的にレクリエーションスポーツすら楽しめない体になっても取り返しがつきませんし、可能性を潰すこともあります。
だいたい子どもは無理をするので、大人の判断が大切になってきます。
早期専門化によるデメリット【身体能力の逆転・ケガ・燃え尽き】
早期専門化をすることは特にアドバンテージにはならないかもしれないということを先に述べました。
それでも早期専門化のメリットはあるし、早期専門化をしていてもエリートになっている選手だっています。
ではどうすれば良いのか?
早期専門化をすべきなのか、「複数種目参加型」で後から専門化するべきなのか?
それを決めるためにはデメリットも認識しておく必要があります。
デメリット①:身体能力の逆転
10歳ごろまでは専門化をしている子の方が力強さであったり、運動での体の協調性も「複数種目参加型」の選手より優れています。
ですのでその分競技成績も高くなりやすいようです。
しかし、11~12歳頃に身体能力の逆転が起こり始めると言われています。(Disanti and Erickson 2019)
爆発的な力や俊敏性、スピード、体の協調性、心肺機能など、スポーツで大切になってくる多くの機能が「複数種目参加型」の選手に追い付かれ、追い抜かれ始めるのがこの年齢から始まるようです。
当然、競技成績も追い付かれ始める可能性があります。
なんかわかる気がする、、、特に体の協調性なんかは。
いろいろなスポーツをやってた人って本当に体の使い方が上手だったりする、、、。
当然新しいスポーツの習得やレベルアップも早い。
デメリット②:ケガのリスク
研究ではスポーツの早期専門化が直接的なケガのリスク要因になるかは、まだはっきりと分かっていません。
しかし、早い年齢から高いレベルのトレーニングを積むことは、将来的な成功をもたらさず、ケガのリスクに曝す可能性はあるとされています。(Feeley BT et al, 2015; Fabricant PD et al, 2016)
基本的には体の成熟度に見合わないトレーニング量、練習量によるオーバーユースが原因になります。
代表的なのは野球の投げ過ぎによる肩・肘の故障です。
他のスポーツでも早期専門化をしていると頻繁に負荷のかかる部位のケガを発症する可能性が高くなります。
デメリット③:燃え尽きのリスク
スポーツの早期専門化はケガのリスクに加え、心理的な症状に対する影響が大きいということが示唆されています。(Feeley BT et al, 2015)
特にバーンアウト(燃え尽き)のリスクが高まるということが分かっています。
バーンアウトになると、専門化したスポーツを途中で辞めてしまいます(ドロップアウト)。
辞めてしまってはいくらエリート教育に投資していても、その時点で終わりです。
競泳への早期専門化は成功をもたらすのか
水泳(早期専門化となれば競泳と呼ぶべきか)では早期専門化の影響はどうなのでしょうか。
早期専門化と世界ランクスイマーの関係性について調べた研究があります。
その研究によると年齢区分でのハイレベルな大会(国際大会)での成績は大人になってからのFINAワールドカップ(国際大会)での成功にポジティブな影響を及ぼすということが示唆されました。(Yustres I et al, 2019)
この研究は早期専門化に肯定的です。
成功を国際大会での成績としてしまうならそれも有りかもしれませんね。
でも、その陰で早期専門化によってネガティブな結果に終わっている選手も不特定多数いるという認識もしておく必要があります。
水泳の早期専門化がケガやバーンアウトに及ぼす影響について調べた研究でも、直接的な関係性は認められませんでした。(Larson HK et al, 2019)
しかし、研究者自身も「水泳だけっていう限られた条件で限られた基準だけじゃまだ何とも言えねぇ。話はもっといろいろ調べてからやし、ネガティブな結果が起こらないと言い切るための研究ではない。」的なこと言っていますから、実際はそう単純な話ではないのでしょう。
水泳は水中という特殊環境下で行うスポーツで、「水の感覚」というある種「高度な技術」を必要とするスポーツでもあります。
実際、子どもの頃から競泳をしている人とそうでない人では何となく「水の感覚」の鋭さが違うような気もします。
ですが幼少期からやっていないと必ずしも成功しないかどうかははっきりしておらず、早期専門化を肯定することも否定することもできません。
ケガやバーンアウトについても直接的関係はなさそうですが、はっきりとしておらず、リスクゼロではないんでしょうね。
なぜ子どものスポーツ早期専門化が起こるのか
早期専門化になるパターンとしては、指導者が目先の結果を重視することが1つ。
他にも、指導者によって親と子どもがその気になり、早期に選手クラスや上級チームでの練習に参加する場合も有ります。
子どもは自ら選んで一種目に絞る場合も有れば、大人のいうことを聞いて専門化している場合も有るようです。
前者の場合は動機づけが自分から発生していて内発的ですが、後者の場合は親が喜ぶとか何か買ってもらえる、褒めてもらえるといった外発的な動機付けに頼っているので現状が長くは続かないかもしれません。
子どものスポーツ早期専門化は将来的な成功をもたらすのか?
早期専門化によるケガや燃え尽きのリスクについても、将来的な成功やメリットについても確たる根拠はまだはっきりしていません。
しっかりした研究の数自体も多いわけではありません。
十人十色、それで成功する人もいれば潰れる人もいます。
こればかりはいくら研究をしても、「フタを開けてみないとわからない」が付きまといます。
ですが、潜在的なリスクがあることや確実にアドバンテージになるわけでもないということを踏まえて決断をしてもらえたらなと思います。
早期専門化をするとケガをしやすくなるかもしれないから、他のスポーツも「させる」でも意味は無いと思いますし、難しいと思います。
子ども本人が特定スポーツを心底好きな場合だってあるのですから、無理に他をさせるのではなく、日々のケアや無茶だけには気を付けつつ将来を見据えたジュニア期のスポーツが広まれば良いなと思います。
一番最悪なのは目先の成功に指導者がこだわって、ケガやバーンアウトを招き、選手を潰してしまうことですかね、、、。
参考文献:・Feely BT et al: When is it too early for single sport specialization? Am J Sport Med 2015.・Moesch K et al: Late specialization: the key to success in centimeters, grams, or seconds (CGS) sports. Scand J Med Sci Sports 21 (6): 282-290, 2011.・Buckley PS et al: Early single sport specialization. A survey of 3090 high school, collegiate, and professional athletes. Orthop J Sports Med 5 (7), 2017・Disanti and Erickson: Youth sport specialization: a multidisciplinary scoping systematic review. J Sports Sci, 2019.・Fabricant PD et al, Youth sports specialization and musculoskeletal injury: a systematic review of the literature. Phys Sportsmed, 2016.・Yustres I et al: Influence of early specialization in world-ranked swimmers and general patterns to
success. PLos One 14(6): e0218601, 2019.・Larson HK et al, Markers of early specialization and their relationships with burnout and dropout in swimming. J Sport Exerc Psychol 41 (1): 46-54, 2019.